.jumのart

俺が「あー。」と言うだけ

万歳

こんにちは。

最近充実していて心が満杯です。



最近人と飲む機会とかが多いんですけど、まあ大概僕は下っ端なんですよね。
大体飲むのは先輩や社会人の方や先生。

僕は中学高校の六年間でほとんど上下関係のない社会に属していました。高校なんてもはや社会性が無。
大学に入ってから良いサークルに入りましたけど、たまーに上下関係がある程度で、ゆるいサークルでした(その意味でも居心地が良かった)。



そうなって、最近になって考えるわけですが、「俺に先輩という概念が存在していない」特に体育会系的な。
ということ、。
体育会系のウェーイなノリに付いていけないどころか、体育会系が社会で評価されている理由である礼儀作法や上下関係が、俺には皆無。




研究室に所属することになって、先輩がいるんですよね。
理系らしい優しい先輩が。
そうなると上下関係とかあんまりなくて、居心地が良いんですよ。
ただ、体育会系に生涯属しているみたいな人と関わることもなくはない。

そうなって、後から気付いたんですけど、僕にはその人の顔色を伺うことしかできない、その人に場の振る舞いを掌握されている、わけ。


理由は簡単で、僕ちゃんは自意識の塊なので、下手なことして貶されてプライドポイントを失いたくない。こわい。

城に居座って威張りちらしていていたい。下克上はめんどくさいからしない。かと言って下々の城人(しろうど)達にあーしろこーしろ言うのもちがう。
伸びしろ大量に余らせたまんまで牙城の我が城に居座って、あくまで誰かに配下にはつかずにどっちつかずな同盟を結びつつの持ちつ持たれつしたい次第。


そうなって、久しぶりなのか初めてなのか、下々の城はすべて領主の配下に治まれいと言わん者出ったわけで、その場をやり過ごすしか僕にはできない。

そうなって、じゃあ僕は先輩に対しては不戦敗な態度を取ってきていて、他の人にどう接していたのか?





先輩
後輩
友達
家族



大きく分けたらこのくらいしか思い付かないけど俺にはこの位があれば十分で、
体育会系の先輩には何も感じない、というかマナーや礼儀作法の強制に意味を見出すことに大きな価値を見出せない。日出る国日本?知らんがな
古き良き慣習がどうとか先輩の監修とか観衆とか、そう言ったことはここで語るのもめんどくさいくらいめんどくさいくらいで。
先輩に対して必要なのはrespectで、あとは自分のperspectiveだと思う。知らんけど。

何も考えてないならへこへこ頭ヘコまされてれば良いけど、俺は黙ってそんなことできる程の頭の良さはなかった。


そうやって、先輩に求めてるのは尊敬できるような何かであって、そういう人と会って僕が思うのは「一緒に仕事したい!」なわけで。
だってすごい人と一緒にいてすごいなーすごいなーって言うだけなら映画でもエッセイでも良いし似非リスペクトでは?
何かしたいと思うのは自然に説く摂理では?

後輩もそう。
優秀で良い後輩はモテるし、リスペクトが持てるし保てる。
面白い後輩もいるけど、(ただ一緒にいて)面白い後輩っていうのは年下の友達と一緒だと思う。
(そういうわけで一緒にいるだけで面白い後輩もあまりいない。)
そういう面白い楽しい後輩ってどうですか?いや、純粋にリスペクトのもてない後輩って、卒業して関わり途切れますよね。
あるいは「付き合い」、でしか付き合いないですよねーたぶん。

友達もそう。
友達って大体は代替可能なんですよ。リスペクトを持てる奴は「一緒に仕事したい!」同僚だと思えるけど、楽しいだけの奴って馬鹿な奴ってどこの誰でも同じで、人との関わりが楽しい!って言うならそれは近所の爺ちゃんとか旅行先の初対面の人とかでも同じかそれ以上に楽しくてかつ有意義ですよね。
あなたの周りにリスペクトのない友達ってどのくらいいますかね?本当に必要ですかね?あなたは代替可能って思われてませんかね?

家族もそう。
家族は契約を施された友達とかわらないです。血の繋がりは大切だし唯一だしすごい強い束縛で“契約”です。
要るかと言われたら絶対に要るし、代わりはいるかと言われたら絶対にいないけど、代わりは要るかと言われたら代わりがあっても良いですよね。離婚とか養子とか、結局は本当に愛してくれる関係がまずありき。それは家族からやさぐれて出会う兄貴分でも姉貴分でも代替可能な馬力かエネルギー。そんな血糊みたいな血とノリに騙されちゃだめ。

何も考えてないならただ与えられた愛を愛してれば良いけど、僕は黙ってそんなことできる程頭の良さはなかった。


家族や友達の温かみっていうのも代替可能エネルギーだと思う。(代替可能性は人によって異なるけれど。)
枕抱きかかえてアイドルのヒットソングをヘビロテするとか、
夜な夜なピカピカスマホ光らせてに目をギラつかせて、充電器を抜き差し差し抜きしてCPUとバッテリー、パンパンにするとか、
自分の中の熱い何かでも自分の外の熱い何かでも、温かみと同様のエネルギーは生み出されて、愛の供給源と供給先は人によりマチマチ。
アイドルを一生推すオタクは雄ではなくなったけれど、僕のいう人間の本質を体現してくれるガチの人間たちだ88888(パチパチパチパチパチ)

そうなって、結局のところ人なんて何を考えてるかわからない。
信用も愛も人情もそんなものは理想でしかなくて、結局信じられるのはその人の持つものと自分のリスペクトだけだと思う。

僕がこうやって非常に非情な非常識であるのを非道とかどうとか言ったって、それは一つの上手い生き方ができているあなたがいるだけであって、それは素晴らしいあなたの立証に他ならないから、俺を貶し否定していくことは正しいんですよ。
そんな単純なあなたに僕がリスペクトを保てるかはわからないけど。

結局優しい読者だと僕はあなたを思っていたのに、これを読んで掌返ししてしまったりする人間は至極信頼ができないし、あなたの持つ人情なんて簡単に代替可能だってこと。
あなたが何も考えない頭の良い人間ではあることに異論はないですが、それによって僕の周りから代替可能な友達が減って、何も想うことはない。ただ濡れた枕を抱きかかえてヒップホップをヘビロテするとか、するだけです。

俺の常識は遺伝子組み替えでもして代替してくれなきゃ、治らない気がする。

あなたたちみたいな頭の良さがあれば治験所で外国人と流暢に話し、初対面の人とも仲良くゲームや地元の話で盛り上がれるだろうし、飲み会でも騒げて幸せな高校、大学生活を送って順調に悩んで順調に苦しんで結婚して順調に幸せな人生を築いていくだろう

そうやって、僕はそういうことに気付いてしまって、そういう人と関わり始めたところで俺の人生の遺伝子は何の影響もないし、無理に先輩のような人たちに併せて頑張ったって、その時点で大きな差が付いてて不戦敗で。
そういう人と関わる必要のない人生というものを、築いて気付いて傷ついてきたんだよ

僕は今までそういう、攻撃力の高い人と接してこない人生だったから、邪魔無く高く強く考え抜いて練り上げられた自意識は饅頭みたいな形で、人からの親しみやすさが溢れている(PROG調べ)。でもその中にある俺の本質の餡は研ぎ澄まされていて酷く尖っていて、まるで針の入った饅頭のように、ギザギザのハートのようになっている。でもその針の向く先は誰を攻めるでもなく自分の熱い中心に向けられていて勝手に自分を守るために自分を突き刺して傷つけたりして成長を促してきた。

Twitterで針饅頭を試食してもらってるかと思うけど、つまり、このポエムブログは、包丁みたいなお前が切って針饅頭の中身を開くようなブログで。

突き詰めたところ僕にある関係は
リスペクトのある部下
リスペクトのある仕事仲間
リスペクトのある仕事相手
リスペクトのある上司
リスペクトのない人
だと思う

こんなブログここまで読んでくれる包丁みたいな危ないお前やお前やお前はきっとこの針饅頭を切って食って消化してくれる同類だろうから、そんな感じの同僚(仕事仲間)がいればいい



そうやって、間違ってようがなんだろうが何回でも何回でも嫌なことは旋回して逃げて、千回でも万回でも先輩から不戦敗を取っていく。
そんな頭の悪いなりのやり方でやっていく。


そうやって、挽回し満配してやっていった俺の人生が満開してくれる気はあんまないけど。

まあ下向いて万歳した